放射能泉の石川町と、放射能泉の三春町。二本松市の名目津温泉。
郡山市のザク温泉。日本最初のラジウム発見の地、飯坂温泉とあります。
【石川町】
〇 元湯別館 源苑(閉館)
〇 母畑元湯(閉館)
〇 ホテル下の湯(閉館)
〇 母畑温泉健康センター(閉館)
〇 八幡屋
〇 高蔵内源泉
〇 中の湯 神泉閣(閉館)
〇 猫啼温泉 井筒屋
〇 片倉温泉 薬王館
〇 蕎麦美人
〇 石川町立歴史民俗資料館
【三春町】
〇 若松屋 旅館(閉館)
〇 みちのく霊泉 やわらぎの湯
〇 さいとうの湯 元湯 上の湯
〇 斉藤の湯 下の湯旅館
【二本松市】
〇 名目津温泉
【古殿町】
〇 道の駅「おふくろの駅」
【郡山市】
〇 ザク温泉
藤屋旅館 中津川鉱泉 別頁
石川町は、変成岩と花崗岩類の2つの異なる岩石帯が接するところで
ここから産する鉱物は、希元素鉱物をはじめ150種類を越えています。
特異な地質が東北でも有数のラジウム温泉を生み出した背景にあります。
戦時中には理化学研究所が原子爆弾の研究を行っており、
その工場と研究施設が存在していた場所に「石川町歴史民俗資料館」は建っています。
[母畑温泉]
源義家が、戦いの中で負った馬の傷を谷川の水で洗ったところ、傷が数日で治ったことが母畑温泉の始まりとされています。
母畑温泉元湯神社は、源義家が母衣と旗とを奉献させて作られたとされています。
母畑温泉の母畑は、母衣旗を由来としています。
○【閉館】元湯別館 源苑 石川町大字母畑字樋田8 0247-26-2535
平成30(2018)年から休業中で、閉館と思われます。
庭の源泉は勢いよく出ています。
令和6(2024)年2月に八幡屋が「母畑元湯」と「元湯別館源苑」を取得し、両者とも解体となりました。
以下は閉館前の記録です。
「元湯別館源苑(みなもとえん)」は、「母畑元湯」の別館です。宿のパンフも両宿併記されています。
「源氏の湯」は混浴で、それぞれの男女脱衣所から入りますが、女性用浴室もあります。
源泉は
「元湯(1)」(19.6マッヘ)動力揚湯
「元湯(2)」(26.8マッヘ)掘削自噴
放射能泉としての性質を具有するとの検定書があります。
影響を与える事項は、「加温、循環ろ過、塩素」。でも気になりません。
源泉は常時投入されています。浴感は、ぬるすべです。
庭に源泉が湧いており、飲用できます。飲んでみると飲みやすく、ペットボトルに汲みました。
※令和4(2022)年5月頃に閉館しました。
「母畑元湯」は「元湯別館 源苑」の本館です。
こちらは日帰り入浴は不可です。
後ろに見えるのは巨大ホテル「八幡屋」です。
両者のアンバランスが興味深い光景となっていました。
令和6(2024)年2月に八幡屋が「母畑元湯」と「元湯別館源苑」を取得し、母畑元湯と源苑は解体となりました。
※平成31(2019)年4月6日に休業しました。令和5(2023)年3月には火災で全焼しており、再開は厳しそうです。
以下は営業していた時の記録です。
「ホテル下の湯」が経営する日帰り施設「母畑温泉健康センター」が閉館し、
日帰り入浴はこちらで受けるようになりました。500円(1時間) 10:00-19:00。
玄関脇に「御縁の泉」があります。
<日本庭園>
「日本庭園より噴出する薬湯です ≪源泉≫」
平成31(2019)年4月6日に寄ったら、広大な駐車場には車が1台もなく、この日から休館でした。
※「ホテル下の湯」が経営する日帰り施設です。平成22(2010)年頃改築休業からそのまま閉館しています。
<営業していた時の記録>
ラドン含有量は、1号泉8.36マッヘ、2号泉8.84マッヘ。
内湯の浴槽は「薬湯」と「薬水」があります。「薬水」は加温循環なし、塩素添加なし、源泉100%。
露天風呂は完全循環で塩素臭強でした。
<閉館後>
母畑温泉は、八幡屋の一人勝ち的状況です。
震災後は日帰り入浴可でしたが、日帰り不可になったようです。
現在は日帰り入浴に対応しています。
母畑温泉で日帰り対応しているのはここだけとなりました。
平成17(2005)年7月に閉館しました。
木々が成長し、年々、朽ち果ててきています。
写真だけ撮る。
日帰り入浴可です(700円 9:00-11:30 12:30-19:00)。
写真だけ撮る。
旧片倉財閥の保養所だった宿です。日帰り入浴は予約制です。
「ホテル下の湯」(閉館)の道路を挟んだところにあるそば屋「蕎麦美人」です。
庭園には滝が流れています。雰囲気良いです。
会津坂下産の蕎麦粉を使用した十割蕎麦です。
蕎麦粉の芯だけを使用しており、そばが透き通っています。
石川町は、変成岩と花崗岩類の2つの異なる岩石帯が接するところで
ここから産する鉱物は、希元素鉱物をはじめ150種類を越えています。
戦時中には理化学研究所が原子爆弾の研究を行っており、
その工場と研究施設が存在していた場所に資料館は建っています。
特異な地質が東北でも有数のラジウム温泉を生み出した背景にあります。
※令和5(2023)年4月休業、閉館
石川町とともに三春町も放射能泉です。そこでの会話は「ガン」の話題が中心です。
大浴場はよくある浴室といった印象です。
別棟にあるラジウム浴室が鄙びていていい味をだしています。
三ツ美屋旅館と共用の浴室です。
「みちのく霊泉やわらぎの湯」のことを聞いてみると、
「泉質は同じですよ。こちらのほうは80年の歴史があります。」
と、自信たっぷりのお言葉でした。
源泉名「馬場の湯」
ラジウムエマチオン(ラドン)含有量検定書(昭和51年)には
キウリ単位で72.13(マッハ単位で19.84)とありました。
母畑温泉のほうが値は高いです。
若松屋旅館(閉館)のすぐ前にある「霊泉やわらぎの湯」です。
駐車場は満杯で、混んでいます。
岩盤浴は、やわらぎの湯指定のゴザを使用します。
ゴザは700円(現在は1,000円)と初期費用がかかります。
みなさん、ゴザをかついで来るのが、普通の岩盤浴とまた違ったイメージで迫力を感じます。
三春ダムからの放流水が流れる大滝根川沿の斉藤の地にあるのが「上の湯」と「下の湯」です。
「上の湯」は、自宅の雰囲気が残る民宿です。
三春町の文化財リストによると「霊泉神社」があるようです。
源泉名「斎藤の湯元湯上の湯」単純弱放射能冷鉱泉。
影響を与える事項「加温、塩素系薬剤を使用することがあります」
窓は開かない浴室の内湯で湯気がこもります。
ここまで加温しなくてもと思うほど熱めです。薪で沸かしています。
若干白く濁って濁度があります。
浴室は混んではいないものの、休憩室はご高齢の方々で満室でした。
斉藤の地にある「下の湯」です。
加温、循環ろ過、塩素と3拍子そろっていますが、330円(現在は500円)で2源泉の放射能泉に入れます。
加えて、上の湯にも入って、汗ひかずヘロヘロになりました。
明治34(1901)年に浦山亀太郎氏が発見した斎藤の湯の由来が掲げられていました。
(掲示)
「斎藤の湯・新田への道
湯は、明治三十四年浦山亀太郎氏によって発見され、はじめは渕の湯と称した。鉄、炭酸、ラジウムを多量に含み新鋭通、リュマチ等の名湯として特効著しい。巨石を並べた「もぐり橋」は、三年がかりで明治三十一年の完成。道は十六弁菊花墓碑を写る斎藤新田、堂寺山充善寺跡を経て狐田へ通じる旧街道である。
昭和六十二年七月 中妻文化財を守る会」
「浦山亀太郎君頌徳碑」(昭和3年11月建立)があり、石階段の上に「鑛泉神社」が祀られています。
<館内>
<浴室>
源泉名「斎藤下の湯 ラジウム鉱泉」単純弱放射能冷鉱泉。
2源泉使用で湯舟が2つあります。
左側「庄の湯」(無色透明)、右側「亀の湯」(茶褐色透明)。
<庄の湯>
三代目当主の浦山庄一氏が、平成4(1992)年に新たに掘削した源泉です。
しっかりとした塩素臭があります。湯舟内蛇口が4本あります。
地元の方が「それ温泉だからどんどん出して良いよ。左2本が熱い湯だから」。
蛇口ひねると左側2本が熱い鉱泉、右側2本が冷たい鉱泉です。
<亀の湯>
初代当主の浦山亀太郎氏が、明治34(1901)年に発見した当初からの源泉です。熱めです。
地元の方によると亀の湯のほうがぬるい時もあり日によってまちまちとのことです。
昭和50年代に営業を中止した「富士や旅館」の敷地が、平成17(2005)年に、当時の岩代町に譲渡され、
合併後の二本松市によって、平成22(2010)年7月1日に日帰り温泉施設「名目津温泉」がオープンしました。
名目津温泉に近づくと、チップボイラーで、木を燃やした臭いが立ちこめてきます。
内湯は名目津渓谷の高台にあります。
「単純弱放射能冷鉱泉」(16.17マッヘ)を、チップボイラー加熱源泉かけ流しで利用されています。
無色透明、湯に特徴はありませんが、汗がなかなかひきません。
昭和30年代の木製の冷蔵庫(昭和冷蔵)が置かれていて、
昔の「富士や旅館」の写真が展示されていました。
口太川対岸の縁には、昔の岩風呂が形を残しています。
<温泉スタンド・飲泉所>
温泉スタンドがあります。スタンドというか水道の蛇口がひとつあります。
張り紙がなければ普通の水道栓なので、源泉汲み場とは思えません。
飲用の分析書と注意事項が掲示されているので、温泉スタンドというか飲用スタンドです。
入浴者のみ持ち帰り可と貼り紙があります。蛇口の栓がはずされているので汲む時に借りるのでしょう。
飲用の注意事項として「15歳以下のものについては、知見が必ずしも充分にないため、
原則的には飲用を避けること。」という記載があります。