〇 草津に歩みし百人の碑(コンウォール・リー)
〇 コンウォール・リー頌徳公園
・リー女史記念碑
・メアリヘレナコンウォールリー女史像
・松本留吉頌徳碑
〇 リーかあさま記念館
〇 コンウォール・リー女史墓所
○ 重監房資料館
(碑文)
「コンウォール・リー
イギリス人社会奉仕家
大正四年来草 1915 VISIT
THE BENEFACTRESS
Cornwall Legh」
【コンウォール・リー女史の経歴】
1857年5月20日〜1941年12月18日
英国女性。明治40(1907)年来日。東京を中心に8年間伝道活動に従事し、
草津の光塩会の宿澤薫の要請を受けて大正4(1915)年に草津を訪れ湯之沢を視察しました。
翌年に草津聖バルナバ教会を設立、さらに聖バルナバ医院を開設しました。
ハンセン病患者のために生活・教育・医療に力を注ぎました。
昭和3(1928)年に藍綬褒章、昭和14(1939)年に勲六等瑞宝章を受けました。
昭和16(1941)年に兵庫県明石市で静養の末、永眠しました。
遺言により聖バルナバ教会納骨堂に納骨されました。
昭和18(1943)年にコンウォール・リー頌徳公園が開園、リー女史記念碑が除幕されました。
コンウォール・リー頌徳公園に「リー女史記念碑」「メアリヘレナコンウォール・リー女史像」「説明板」が設置されています。
「名前の表記」
「Cornwall Legh」と「Cornwall Leigh」の表記が見られます。
「写真集 コンウォール・リー女史物語」の表紙に本人のサインがあり、「Mary
Helena Cornwall Legh」とあります。
公園の銘板では「Cornwall Leigh」としています。
戦時中の昭和18(1943)年5月に、
「コンウォール・リー頌徳公園」の開園式(リー女史が草津町に寄贈した「リー女史の山」が頌徳公園として整備)と
記念碑の除幕式が行われました。
「リー女史記念碑」
「昭和十六年五月二十日 群馬県知事薄田美朝」
「メアリヘレナコンウォール・リー女史像」
「コンウォール・リー女史顕彰会建之 平成十九年十月十日」
(説明板)
「コンウォール・リー女史顕彰碑
コンウォール・リー女史は一八五七年英国カンタベリーの貴族の一人娘として生まれ、最高学府に学び、熱心なキリスト信者として成長した。両親の死後、憧れの美しい国
日本でキリスト教伝導に生涯を捧げようと、五十一歳のとき単身来日、日本聖公会の宣教師として東京、横浜方面で伝導にあたっていた。
当時、草津温泉湯川沿いにあった湯ノ沢部落に、病気を温泉で治そうと全国から多数のハンセン氏病患者が集まっていたが、彼らの生活は荒れ果て苦悩に包まれていた。彼らはリー女史に救いを求めた。
リー女史はこの哀れな病人たちに生涯を捧げようと、一九一六年(大正五)四月、湯之沢に自ら住所を移して、まず聖バルナバ医院を建て、男子ホーム、女子ホーム、家族ホーム、児童ホーム、学校、幼稚園など次々に建てて、病人に医療を施し、生活を保障し、教育を行った。すさんだ病人たちもリー女史を「母さん」と慕うようになり、洗礼をうけた者千人を超えたという。リー女史は両親が残した膨大な遺産のすべてを、病人たちのために使い果たし、一九四一年(昭和一六)八十四歳の生涯を終えられた。
リー女史の遺骨は草津聖バルナバ教会墓地に病人たちの墓に囲まれて眠っている。
尚この頌徳公園は、リー女史が病人たちのために作り、のちに町に寄付されたものである。
草津町教育委員会 草津温泉観光協会」
聖バルナバ医院の創建に貢献した松本留吉氏(藤倉電線初代社長)の功徳を称える「頌徳碑」があります。
昭和4(1929)年に建立されました。碑の上部には松本留吉の肖像が線刻されています。
松本留吉氏は、草津聖バルナバ医院の建築費7万円と10年間分の医師の費用3万円の合計10万円(現在に換算して3億円)を寄付しました。
昭和4(1929)年11月、新「草津聖バルナバ医院」が開業しました。現在この病院は残っていません。
「松本留吉肖像」(遺徳顕彰録 大日本頌徳会 昭和15年)
明治元(1868)年11月28日栃木県植野村(現:佐野市)船津川で誕生。創業者藤倉善八の末弟。
明治34(1901)年10月善八が死去、留吉はその後を継ぐ。
昭和13(1938)年3月24日死去。
<糸巻き>
句碑「糸巻きに貸す手は妻と向い合い」
目立つ句碑なので記録しましたが、由来等不詳です。
「糸巻きに貸す手は妻と向い合い」というフレーズは、歌人・吉井勇の有名な短歌「糸まきに貸す手は妻と向い合い老いたる恋のなつかしきかな」の上の句です。
「リーかあさま記念館」では、コンウォール・リー女史(1857〜1941年)と聖バルナバミッションに関する資料が展示されています。
知っている人が戦後ここで活動されていたので聞いてみたけれども痕跡はありませんでした。
<マーガレット館>
木造「マーガレット館」は、
リー女史の救済活動における現存する唯一の建造物です。
「草津聖公会霊園」(草津町営滝尻ヶ原墓苑)に隣接して「草津聖公会墓地」があり、
その中に「コンウォール・リー女史墓所」があります。
(標柱)
「コンウォールリー女史墓所入口」から奥に入ります。
標柱には旧約聖書の一節が刻まれています。
「主はわれをみどりの牧場にふさしめ いこいのみぎわにともないたもう」
(聖バルナバ教会納骨堂)
(銘板)
「ミスコンウオール・リー教母は(一八五七年一九四一年)英国に生まれ病者の救済に私財を投じ献身されキリストの愛を證詞されたリー教母の遺骨は遺言により多くの信徒と共にここに納骨されている」
<草津聖公会墓地>
草津聖公会墓地には、多くの墓があります。
「宿澤薫之墓」(コンウォール・リーに草津での活動を要請)
「女医服部けさ墓」(バルナバ医院初代医師)
「三上千代之墓」(バルナバ医院初代看護婦)など
<草津聖公会墓地>
草津聖公会墓地の中に草津明星団の墓碑があります。
墓碑は2009年に日本ホーリネス教団により新しくされています。
(墓碑)
「我は輝く曙の明星な里」(ヨハネ黙示録22章16節)
「安部先生外七十有余永眠者の為」
平成26(2014)年4月30日にオープンした「重監房資料館」では、草津温泉とハンセン病について見学無料で学べます。
なお、湯畑右岸一番手前の7本目は、国立療養所栗生楽泉園に引かれているものです。