○ かごしま温泉郷
○ 鹿児島空港天然温泉足湯おやっとさぁ
○ 城山長寿泉
○ 天然温泉 湯乃山
○ かごっま温泉
○ 霧島温泉
○ 鹿児島中央駅
○ みょうばんの湯
○ 西田温泉(閉館)
○ 薬師温泉
○ 竹迫温泉
○ 鹿児島サンロイヤルホテル
○ その他(ラーメンなど)
・鹿児島ラーメン豚とろ
天文館本店
・ラーメン小金太
・あけぼの天文館銀座店
西郷隆盛
○ 西郷隆盛洞窟
○ 西郷隆盛終焉の地
○ 西郷隆盛銅像
坂本龍馬
鹿児島県は温泉活用公衆浴場数全国1位、源泉総数全国2位、総湧出量全国3位です。
鹿児島市内の銭湯は、銭湯なのに「煙突がない!」のが大きな特徴です。
どこも湯量豊富で甲乙つけがたいです。
湯口からは豊富な源泉投入でオーバーフロー。
カランも源泉使用です。
銭湯なのに飲泉可なところが多く、ところにより柄杓あり。
銭湯なのに家族風呂があるところもあります。
今回入浴したところでも、かごっま温泉、湯乃山、西田温泉、みょうばん温泉に家族風呂がありました。
湯づかいを考えると銭湯料金で入浴できるのは安いですね。
かごしま温泉郷(鹿児島県公衆浴場業生活衛生同業組合)のサイトが有用です。
理事長は薬師温泉、専務理事はかごっま温泉。
事務所は、かごっま温泉のビル4階です。
2005年12月20日に設置された、国内空港初のかけ流しの足湯・手湯です。
大分空港の足湯は2番目ですね。
鹿児島空港駐車場地下1,498mから湧出 ナトリウム-炭酸水素塩泉 薄茶色 泉温46.6℃ pH7.6 成分総計3200mg
桜島のモニュメントから錦江湾をイメージした浴槽へ源泉が投入されています。
九州温泉道の選定施設です。
「西郷隆盛洞窟」の真ん前、人気の古民家レストラン「月とアネモネ」の隣にあります。
黒猫が身動きもせず、赤い座布団に鎮座していました。
源泉名「甲突川左岸77号」ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉
泉温50.9 ℃ pH8.13 成分総計1.604g
影響を与える事項
「加水なし、加温なし、循環ろ過なし、消毒ハイクロンB」
飲泉可です(許可あり)。
水風呂とサウナ。湯船2つと打たせ湯。
カランも源泉使用です。
親切な若女将さんです。
「分析書撮っていいですか?」
「そっちより、こっちにもあるから、こっち撮るほうが楽ですよ」
「カランも源泉ですよ。」
西郷隆盛は、明治10(1877)年9月19日から同24日未明に至る6日間、この洞窟で過ごし、
最後まで薩軍の指揮をとっていた場所です。
(説明板)
「西郷隆盛 洞窟「おはんらにやった命」
‐西南戦争 最後の司令部‐
1877年(明治10)9月24日、午前4時政府軍の城山総攻撃が始まりました。城山に立てこもる薩軍兵士は、わずか300余。これを囲む政府軍は、何重もの柵をめぐらし、その数4万。死を決した西郷は、夜明けを待って、5日間すごしたこの洞窟を出ました。桐野利秋、別府晋介、村田新八、池上四郎
といった私学校の幹部たちも一緒です。この日の西郷の出立ちは妻のイトが縫った縞の単衣に白い兵児帯。ゆっくりと岩崎谷を下ります。その時流弾が西郷の腰に命中。別府の介錯をあおいで49歳の生涯を閉じたのです。
西南戦争というのは、不平士族の反乱のあいつぐ中、西郷を慕う私学校の生徒たちが、政府の挑発によって引き起こした暴動が始まりです。首謀者の引き渡しか全面戦争か、その結論を出したのは「おはんらにやった命」という西郷の一言でした。2月15日、ついに挙兵。熊本で政府軍と激しい攻防をくりかえすも、近代兵器の前に敗退。7ヶ月にわたる大乱の最後を、西郷は故山城山で迎えたのです。 鹿児島市」
ぬれぎぬを 干そうともせず 子供らが
なすがままに 果てし君かな 勝海舟
城山の薩摩軍陣地跡(薩軍は強固な堡塁をめぐらせた)
市電水族館口駅から歩いて行きました。徒歩550mです。
「西郷隆盛終焉の地」に向かい、終焉の地とマンションの間を上ると、
管理棟があります。管理棟の右手に男子浴室があります。
鹿児島市公衆浴場組合に加入しておらず入浴料は500円です。
鹿児島テレビによると昭和37(1962)年に旅館として開業したらしいです。
近くにみやこ温泉があります。
<初湯>
「初湯」と掲示されている湯小屋で入湯しました。
源泉名「甲突川左岸8号」 アルカリ単純温泉
手前に細長い浴槽と、奥に小さな浴槽があります。
水色のホースで源泉投入。
カメラもって撮影していて湯中のホースに足がひっかかり、ホースがはずれて源泉まみれになりました。
ホースを繋いで、さらに頭から源泉まみれに。
琥珀色のぬるすべ感あるモール泉です。
単純温泉なのでそれほどではないと思いますが腐植質はどのくらいありますかね。
かけ流しのよい湯です。
明治10(1877)年9月1日、熊本、大分、宮崎と各地を転戦した薩軍は再び鹿児島へ帰ってきました。
薩軍は本陣を岩崎谷の洞窟へ移し、ここで西郷は最後の6日間を過ごしました。
9月24日未明、官軍の総攻撃が始まると、西郷は諸将とともに岩崎谷を下って行き、谷の入口付近で銃弾を受け動けなくなり、
「晋どん、もうここらでよか」と別府晋介に介錯を頼み、自決しました。
明治32(1899)年に「南洲翁終焉之地」碑が建てられました。
(説明板)
「西郷隆盛終焉之地 「晋どん、もうここらでよか」
‐波乱の道、ここに尽きる‐
ズドン、ズドン!2発の銃弾が西郷隆盛の大腿部を打ち抜きました。城山洞窟を出てわずか300m、650歩でついに途を閉ざされたのでした。「晋どん、もうここらでよか。」東を向き、皇居に伏し拝む西郷に別府晋介の介錯の太刀が振り下ろされました。1877年(明治10年)9月24日のことでした。西郷を敬愛する私学校生徒を中心に強大な反政府勢力となった薩軍が、2月15日に50年ぶりの豪雪をついて熊本に軍を進めて以来、7ヶ月もつづいた「西南の役」が終わったのです。
熊本城の攻防、田原坂の激戦に破れ、人吉から宮崎、延岡に追われた薩軍はついに解散。西郷以下の幹部は宮崎県北の可愛岳を突破し、九州の中央山脈を縦走する難行軍の末、故郷、鹿児島を死に場所に選んだのです。岩崎谷に銃声がやみ、西郷の死体が発見された時、政府軍の総司令官・山県有明中将は「翁はまことの天下の豪傑だった。残念なのは翁をここまで追い込んだ時の流れだ。」と語り、いつまでも黙祷したということです。 鹿児島市」
西郷隆盛年譜
1827(文政10) 鹿児島市加冶屋町に生まれる。
1844(弘化元) 郡方書役助として出仕
1854(安政元) 藩主島津斉彬のもとで御庭方役となる
1858(安政5) 月照と錦江湾に入水、 西郷のみ蘇生する
奄美大島に配流させられる
1862(文久2) 2月よびもどされて上京
6月徳之島へ遠島となる
8月沖永良部島に移され入牢
1864(元治元) よびもどされて藩の軍賦役となる
1865(慶応元) 大番頭となる
1866(慶応2) 薩長同盟を結ぶ
1867(慶応3) 王政復古に活躍し政府参与となる
1868(明治元) 戊辰戦争で東征大総督参謀
4月江戸城を無血開城する
1870(明治3) 鹿児島藩大参事となる
1871(明治4) 参議となる 廃藩置県に尽力する
1872(明治5) 参議兼陸軍元帥 近衛都督となる
1873(明治6) 陸軍大将となる 11月帰郷
1874(明治7) 私学校をつくる
1877(明治10) 西南戦争に敗れ、9月城山で自刃(49歳)
鹿児島市立美術館の一角に昭和12(1937)年に除幕された西郷隆盛銅像です。
渋谷「忠犬ハチ公」をつくった郷土の彫刻家安藤照氏が8年間かけて完成させたものです。
(説明板)
「西郷隆盛銅像 敬天愛人
‐天を相手に人生を全うした誠心の英雄‐
西郷隆盛は幕末維新の指導者で、明治天皇の信頼が厚く、日本最初の近衛都督陸軍大将になりました。
1827年(文政10)下加治屋町郷中に生まれた西郷は、幼名は小吉、通称を吉之助といい南洲と号しました。青年時代に二才頭として農政に関する意見書を提出。藩主島津斉彬の目にとまり側近に抜擢され、国事への関心を高めました。ところが、その斉彬が急死。勤皇僧月照と錦江湾に投身、一人生き残って大島に流されました。その後、大久保利通らの助けで幕府を倒す運動に復帰。藩論を指導し、薩長連合を結んで、王政復古の大号令を決行。東征大総督府参謀として江戸無血開城を実現しました。
新政府が樹立した後は、参議として廃藩置県を断行。岩倉具視、木戸孝允、大久保利通らが外遊中の政府を預かりました。1873年(明治6年)遣韓使節をめぐる政争に敗れて東京から鹿児島に帰った後は、私学校を開き後進の指導にあたりましたが、彼らの血気に押され、ついに西南戦争へと突入。1877年(明治10年)西郷は城山で自刃しました。
この銅像は、郷土出身の彫刻家 安藤照が習志野大演習で陸軍大将の制服を身につけた西郷の姿を思い描き制作したものです。 鹿児島市」
坂本龍馬夫妻が慶応2(1866)年、新婚旅行で鹿児島を訪れた際、いづろ付近から船で霧島に向かったとの説があり、
ここに龍馬とお龍さんの等身大の銅像が建っています。平成22(2010)年9月の設置です。
鹿児島港桜島フェリーターミナルから見る桜島です。
鹿児島市役所からほど近い場所にあり5階建てビルの1階にあります。
3階が宿泊部屋、4階には鹿児島県公衆浴場業生活衛生同業組合の事務所があります。
宿泊できます。ウイークリーマンションもあります。
「朝日湯」と掲げられています。昭和34(1959)年開業当初の旧銭湯名です。
貯湯タンクの脇には、温泉宅配ローリー車が停まっていました。
脱衣所・浴室はごちゃごちゃしていてB級の雰囲気プンプン。
銭湯なのに、スピーカーから演歌が流れています。
銭湯なのに、ボディーソープ、シャンプー、コンディショナーがあります(プッシュ式)。
銭湯なのに、サウナが脱衣所にあります。
銭湯なのに、煙突がありません。
銭湯なのに、ローリー車で温泉宅配をしています(ドーミーイン鹿児島などのホテルや福祉施設へ宅配)。
源泉名「甲突川左岸101号」塩素消毒のみ。
温泉分析書(22年4月15日)ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩温泉(低張性・弱アルカリ性・高温泉)
泉温54.4度。
中央にメインの浴槽(一部気泡風呂となっています)と、塩湯(盛り塩が置かれています)。
左手に薬風呂と電気風呂、右手に冷水風呂。桜島のタイル絵。
打たせ湯も源泉使用、カランも源泉使用です。
すべての浴槽に源泉がそれぞれ注がれています。湯量で温度調整。良い湯づかいです。
薄緑色透明の湯が満たされています。ぬるすべです。
循環かと勘違いしていましたが、行って良かった!です。
鹿児島温泉郷に掲載の地図の位置が違っていたので、ちょっと迷いました。
鹿児島市内温泉の公衆浴場の一つの名称で、温泉地としての霧島温泉のことではありません。
昭和21(1946)年建築の木造建物は、鹿児島市内の銭湯の中で最古です。
<レトロな脱衣所>
木が中心の内装で、脱衣場の天井は秋田杉、床は板敷き、ベンチは木材です。レトロです。
銭湯なのにハンガーがぶらさがっていたので、背広をかけました。
細かい気遣いも気に入りました。
<源泉名>
源泉名「甲突川左岸41号」ナトリウム-塩化物温泉 成分総計2.904g pH8.3
加水 なし
加温 気温の低い期間、加温
循環 浴槽内の毛髪等を除去する為のヘアーキャッチャー及びリラックス効果を高めるジェット噴射装置のために使用
ろ過 なし
消毒 消毒衛生管理は、鹿児島県公衆浴場条令の基準を満たすため塩素系薬剤を使用
水風呂 地下水利用
<浴室もレトロ>
浴槽が浴室の真ん中にあるのが特徴的です。
浴室のタイルは有田焼。昭和25年から引き継がれるタイル画の美人。
湯口には柄杓が置いてあります。飲泉可(許可あり)。
レトロで良いですねぇ。
水風呂はライオン湯口。
鹿児島中央駅は、九州新幹線の始発駅です。
駅からの徒歩圏内に、「みょうばんの湯」「西田温泉」「薬師温泉」があります。
※建て替えのため2024年7月1日より休業、新築開館は、2025年12月です。
みょうばん温泉が2017年7月31日に廃業し、新たなオーナーが「みょうばんの湯」を2017年12月20日にオープン。
鹿児島中央駅から550mほどの駅近の温泉銭湯です。
以下は、廃業前のみょうばん温泉の記録です。
ネットでの最近のレポ見ると、とってもキレイになっています。
〔源泉名〕甲突川右岸8号
〔湧出地〕鹿児島県鹿児島市武1丁目9番10
〔泉 質〕Na-塩化物泉
〔源泉温度〕46℃
〔知覚的試験〕無色透明,微弱塩味,極微苦味,無臭
〔水素イオン濃度〕pH 7.7
〔成分総計〕2.106g
平成21年10月21日
影響を与える事項「気温の低い期間のみ加温、塩素系薬剤使用」
水風呂は地下水を使用。
浴室の照明は、道路の街灯が壁に突き刺さっていて、驚きました。
浴槽は3連に鎖型に連なっています。
熱い源泉が一番上の湯船に投入され、中央に3連に連なる湯船に段々で落ちていきます。
経年変化でボロボロですが、掃除が徹底して行き届いていて、髪の毛1本落ちていません。気持ち良いです。
※2023年12月頃休業、2024年9月閉館、解体となりました。
鹿児島中央駅から800mほどのところにあります。
西田温泉がある場所は、明治期の薩摩出身の女流歌人・税所敦子の宅地跡で碑があります。
鹿児島市銭湯にあっては、珍しく循環ろ過です。
常時源泉投入で、湯口の湯は飲泉可。オーバーフローあり。
カランも温泉使用で、鹿児島市内温泉スタンダードです。
源泉名「甲突川右岸2号」
ナトリウム-塩化物泉(低張性弱アルカリ性高温泉)
48℃ ph7.8 成分総計2.660g(分析日:平成18年2月28日)
源泉は熱いです。湯口にはひしゃくがおいてあります(飲用許可はなし)。
3連に連なる湯船の端でも熱いです。
家族風呂もあります。影響を与える事項を見ると、家族風呂は循環ろ過はありません。

鹿児島中央駅から1.3km、徒歩15分ちょっと。
浴槽は浴室の真ん中の鹿児島市銭湯のスタンダード。
カラン・シャワーも源泉の鹿児島市銭湯のスタンダード。飲泉可。
大正8年に「薬師湯」として開業。
昭和49年に4階建てのビル「薬師温泉」 となり
平成17年9月に内装リニューアルオープン。令和5年4月26日リニューアル。
中央に二連の浴槽。右奥に小さな浴槽。左にサウナと水風呂。
左右の壁にカラン。
源泉名;「 」分析書と分析書別表には源泉名が空白です。(分析書平成27年9月5日)
ナトリウム・塩化物温泉 泉温51.6℃ 成分総計2.129g
薄緑色をおびた透明で若干塩味。飲用も可。
明治25(1892)年12月1日創業で、鹿児島市内で最も古い銭湯です。
平成25(2013)年1月2日リニューアルオープンで建物は新しいです。
飲料自動販売機に竹迫温泉の案内が記載されているのが印象的です。
水神、湯神が祀ってあります。
1960年代に鹿児島市長だった平瀬実武氏が番台におられたことで有名な温泉銭湯でした。
源泉名「甲突川右岸7号」ナトリウム-塩化物泉
pH7.8 泉温48.7℃ 成分総計3.816g
(平成27年4月28日分析)
霧島温泉と同様に、レトロと新しさが同居しています。
昔から使われている湯口をそのまま利用しています。
かけ流しで利用されています(若干は加水しているようです)
「鹿児島サンロイヤルホテル」は、鹿児島県・鹿児島市・旧桜島町等の第3セクターとして創立され、昭和48年4月に全館オープンしました。
ホテル最上階(13階)に展望温泉があります。桜島と錦江湾が目の前にど〜んと展開しています。
分析書は2源泉掲示。
・源泉名「甲突川右岸26号」
湧出地:鹿児島市与次郎1-2295-100 成分総計3.130g 泉温49.9℃ 微黄色透明 食塩味
・源泉名「甲突川右岸100号」
湧出地:鹿児島市与次郎1-2295-90 成分総計12.570g 泉温54.5℃ 微黄色微濁 食塩味 高張泉です。
影響を与える事項
「加水、気温の低い期間に加温、循環利用なし、塩素系薬剤使用」
水風呂「鹿児島市水道水使用」
源泉投入は目に見える湯口から、いったん源泉を受け浴槽下部へ投入されます。おおるり方式ですね。
濃い源泉です。源泉の良さ、湯づかいとも想定外に良いです。
人気の行列店。至福の一杯をいただきました。
〇ラーメン小金太 鹿児島市樋之口町11-5 099-223-9455
午前3:30まで営業していますが、常時混んでいる人気店です。
「ラーメン WEST 百名店 2025」に選出されています。
〇あけぼの天文館銀座店 鹿児島市千日町12-19 099-226-5687
あけぼのは安売りスーパー。
「ミニ加治木まんじゅう(竜乃家)」などを購入。これが108円とは安い。