【芦ノ牧温泉】
〇 湯泉神社
〇 芦ノ牧のイチイ/鹿目伊豫の墓
〇 金精神社/子宝の湯
〇 芦ノ牧温泉 かがやき公園
足湯
〇 松平恒雄探勝の碑
〇 足湯 足ポッポ
〇 いやし処「あがっせ」
〇 芦ノ牧ドライブ温泉
〇 旅館福泉
○ 牛乳屋食堂
【東山温泉】
〇 東山温泉 御宿 東鳳
〇 東山温泉 足湯処
阿賀川を見下ろす高台、国道118号が阿賀川を横断する辺りに温泉街が広がっています。
芦ノ牧温泉の開設は古く、千数百年前とされています。
その昔行きつくのが困難だったため「幻の温泉郷」として伝えられてきました。
明治35(1902)年に温泉地に道路が開通したことにより温泉地として発展してきました。
阿賀川沿いには、大型観光旅館が並んでいます。
近年は、旅館「大川荘」が、「鬼滅の刃」の無限城に似ていると言われ、注目を集めています。
どこの温泉地でもそうですが、ここも廃墟宿が目立ちます。
(廃墟の画像は、「ホテルいづみや」)
鳥居をくぐり石段を上がると湯泉神社があります。
石段途中に源泉施設があります。
湯泉神社の階段を上ったところに散策遊歩道「いちいの小路」入口があります。
全長1.2kmの散策遊歩道の途中には樹齢500年ともいわれる散策遊歩道の愛称に使われている「いちいの木」があります。
その後ろに、鹿目伊豫の墓があり、説明板が設置されています。
金精神社には、3本の男性のご神体と、1つの女性のご神体。
(説明板)
「金精神社 由来
一、御祭神 猿田彦大神 父神
太田命 子神
天鈿女命 母神
一、御祭礼 五月六日
由緒
猿田彦大神は「天八衢(天上と下界とを結ぶ道の別れ)に居て上は高天原を光し、下は葦原中国を光す神」と云われ道を明らかにし道を守り道を教え知らせ導く神として古来より広く其
御神徳を崇敬されて来ました。当地方に於ては崇神天皇の御世に遣わされた四道将軍北陸道大彦命東海道建沼向別命(この命は大彦命の子なり)の二将軍に進軍に当り大神を奉じ前進するに道に迷い誤つ事なく其の任を果し目出たくも父子此の地に再会する(会津)の喜びを大神の恵なりと御霊をお祀り成したるを起源とする
以来各地に於て道の別れ集落の出入口等に道路の守護神として(道御神)又大神の眼光の鋭さのため悪禍神の皆逃げ散った古事に習い寒乃神(悪を繋ぎ追い祓う)として村村に広く祀られ庶民の信仰を得るところとなる
此金精神社の御神体は大神の威風堂々たる容姿を恐れる男性のシンボルにして祀り其御神意にあやかり家内安全と子孫繁栄とを願ったもので旧芦ノ牧よりこの温泉郷に御遷し芦牧温泉郷の繁栄と訪れる皆様方の繁栄と安全を御守護して戴くものであります(以下略)」
<子宝の湯>
脇に子宝の湯の足湯があります。
分析書によると、源泉名「芦ノ牧温泉綜合泉」です。
平成27(2015)年11月18日にオープン。
階段下には、手湯らしきものがあります。
丘の上に足湯があります。
分析書によると、源泉名「芦ノ牧温泉綜合泉」です。
かがやき公園の反対側の芦ノ牧大橋の袂には、「松平恒雄探勝の碑」があります。
松平恒雄(明治10(1877)年4月17日〜昭和24(1949)年11月14日)は元会津藩主松平容保の6男として生まれました。
親英米派外交官として知られました。昭和11(1936)年に宮内大臣に任ぜられました。
戦後は参議院に当選し、初代参議院議長に選出されました。
屋根が設置されているかけ流しの足湯です。
五円の碑があり、台座に「いらっしゃいませ ごえんがありますように」とあります。
観光案内所「いやし処 あがっせ」です。
2024年8月10日にカフェが併設されました。
栃木の土産物屋の温泉には、那須の那須大丸ガーデン(閉店)や、塩原のカサマヤ足湯(休止)がありますが、
ここも土産物屋の温泉です。
<所在地>
「ドライブインあいづ」「芦ノ牧おみやげセンター」「芦ノ牧ドライブイン」(閉店)と並んでいます。
<手湯>
駐車場には手湯があります。
<名所 子宝の湯 安産の石>
駐車場にある安産の石です。
<源泉名>
平成30年4月20日の最新の分析書と、平成30年4月9日の「正しい温泉利用法」が掲示されています。
申請者は「小谷揚湯組合代表」。申請者の住所は、芦の牧おみやげセンターです。
源泉名「 」←空白 泉温54.7度 湧出量61.4L(動力揚湯) pH8.1
成分総計1.256g/kg Na:188.3mg Ca:188.1mg Cl:121.0mg SO4:652.3mg
カルシウム・ナトリウム-硫酸塩泉(低張性弱アルカリ性高温泉)
両方の掲示とも、源泉名は空白です。
昭和38年の分析書には「国民宿舎あいづ荘」とあります。
(国民宿舎あいづ荘は平成13(2001)年3月31日閉館)
湧出地の住所が2502-1とあり同一なので、同じ源泉でしょう。
(国土地理院地図で確認すると湧出地は「不動館
小谷の湯」の裏と推定)。
平成元年の公衆浴場許可書が掲示されています。
近くの「不動館 小谷の湯」は、この源泉と芦ノ牧温泉綜合泉を使用しています。
小谷揚湯組合の源泉を単独使用しているのはドライブ温泉だけと思うので、貴重な温泉と思います。
<脱衣所>
ロッカーは番号がとんでいて、2番から始まり、欠番も。
ドライヤーは5分100円。
<内湯>
熱湯とぬる湯の2連浴槽。
カランは温泉を使用していませんが(一応確認した)、白い析出物びっしりで、地下水も怪しいかな。
<露天風呂>
景観は囲まれているので望めません。
内湯のあつい湯とぬるい湯からのオーバーフローを投入しています。
内湯に人が入ると、湯が流れ込んできます。
<「会津金山町産鉄石です(重いです)」>
重いですと書かれている鉄石、持ち上げてごらんとのことですか?
動かすのが精一杯で、重くて持ち上げられませんでした。
<会津身不知(みしらず)柿>
芦の牧おみやげセンターで、身不知柿を5個100円で売っていました、買いました。
見た目、大きさはB級ですが、味は良く会津の特産品を堪能。
田島のスーパーで身不知柿を買おうと思っていたのでラッキーでした。
玄関前の車がいなくなったので、お出かけしたか?中に入って声をかけるもシーン。
時間をおいて寄るも、シーン。ステップトーンで声をかけると女将さんが出られた。
でかけていたじいさんが帰ってきたかと思ったとのこと、耳が遠くてごめんなさいとのことでした。
400円払い入浴します(現在は500円)。
渓谷沿いの旧館は取り壊して、新たに浴室を1つ設けたとのことです。
<浴室>
新たに設けた浴室というのが、宿の外に突き出して作られています。
湯舟も床も壁も、総コンクリートづくりの浴室で、ジモ専の共同浴場みたいな雰囲気です。
源泉名「芦ノ牧温泉綜合泉」かけ流し。
熱かったので加水しようと思うも、湯かき棒で湯もみしたら適温になりました。
取り壊された旧館の残骸越しの渓谷を眺めながら、のんびりできました。
酪王のカフェオレは、スーパーで安売りしてるので、めずらしくはないのですが
牛乳屋の特注ラベルが貼られていると、それなりの気分になります。
源泉名「東山パーク源泉」加温、加水、循環ろ過、塩素
温泉そのものは期待できませんが、
段々畑、あるいは棚田のように、浴槽が連なり、景色はすこぶる良く、開放感いっぱいです。
オープンは、4月中旬〜11月。冬期は閉鎖です。
(説明板)
「東山温泉足湯処の由来と楽しみ方
今から約千二百年前、行基菩薩が会津を訪れた際、何処からか三本足と不思議な色の羽根をもった「烏」が現れました。その烏に導かれ湯川に沿って行くと、岩間から湯気が立ちのぼっておりました。これが東山温泉の発祥です。
烏を始め鶴、鷺などが飛来し、足を温泉に浸けてケガを癒していました。今でも各地に鶴の湯、鷺の湯、熊の湯といった温泉があるのは、動物がケガを癒すために集まってきたために名付けられたものです。
足湯の効能は足指先の血管を拡げ、血流を正常にして足の疲れを取ってくれる点です。また、足を温めることによって精神的なストレスの解消にも効果があります。
お客様同士や芸妓さんともに足湯に浸って語り合えば、素敵な旅の思い出にもなります。 ここ足湯処は東山温泉街のコミュニケーションの広場です。」
鶴ヶ城は正式には若松城(国史跡)と言います。
飯盛山は標高314mの古墳の山です。白虎隊自刃の地としても知られ、白虎隊十九士の墓などがあります。
飯盛山へは「動く坂道・スロープコンベア」(250円)が設けられています。
<白虎隊士が通った洞門>
猪苗代湖畔・戸ノ口原の戦いで破れた白虎隊士ら20名は、
鶴ヶ城を目指し、抜け道として洞門を水に浸りながらくぐり抜け飯盛山の中腹へ辿り着きました。
そして黒煙に包まれた鶴ヶ城を見て絶望し自害した歴史があります。