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 沢渡温泉

  〇 沢渡温泉共同浴場
  〇 まるほん旅館
  〇 沢渡温泉の旅館


沢渡温泉共同浴場 中之条町上沢渡2310 0279-66-2841 10:00-20:00 300円

 沢渡温泉には共同浴場が1ヶ所あります。

      

「一浴玉の肌 沢渡温泉」

 駐車場に掲げられているイラストマップには「一浴玉の肌 沢渡温泉」と左に書かれています。
 今はありませんが、以前は顔出しパネルがありました。

    

<牧水と沢渡の湯>

 駐車場に掲げられている説明板「牧水と沢渡の湯」です。

(説明板)  
「牧水と沢渡の湯
 歌人若山牧水(一八八五ー一九二八)は、大正十一年(一九二二)十月二十日早朝、花敷温泉の宿を出発して紅葉の暮坂峠を越え、正午近くに沢渡の正栄館に着き、昼食をとっています。この旅の紀行文『みなかみ紀行』の中に「此處は珍しくも双方に窪地を持つ様な小高い峠に湯が湧いているのであった。無色透明で温度もよくいい湯であった」と、沢渡の湯をほめています。沢渡の湯は、鎌倉時代の開湯という伝説もありますが、戦国時代末期から利用され、江戸中期以降に草津の繁栄と共に直し湯として湯治客で賑わうようになりました。来湯者として、沼田藩真田氏五代真田伊賀守信澄と母慶寿院・儒者平沢旭山・書家市河米庵・蘭学者高野長英・政治家後藤新平・医者ベルツなどが知られております。」

  

「沢渡物語」「上州沢渡温泉全図」

 共同浴場内に掲示されている「沢渡物語」「上州沢渡温泉全図」です。
 沢渡温泉は、縄文時代から湧き出る天然温泉です。
 木曾義仲や源頼朝も、この沢渡の出湯で疲れを癒したと伝えられています。
 高野長英(蘭学者)、福田宗禎(医者)、若山牧水(歌人)ら多くの文人墨客にも愛されてきました。
 しかし昭和10年に大水害に遭い、昭和20年には大火に見舞われ、温泉街は壊滅しました。
 その後昭和34年に復活した温泉地です。

   

<浴室>

 湯船が2つあります。
 手前の湯船は熱すぎて、だれも入らない、入れないです。
 奥は加水しつつ、熱いがまぁ入れます。

    

    


まるほん旅館 中之条町上沢渡2301 0279-66-2011

 2004年2月から今の若旦那が経営されています。
 浴場は共同浴場の奥に並んで建っています。
 源泉名「県有泉」。まるほん旅館への分湯は約20L/分
 「循環・塩素」から、「循環なし、清掃時消毒」になっています。
 
     

     

    


沢渡温泉の旅館】

・宮田屋旅館
  沢渡温泉一番入り口の宿。玄関には「日帰り入浴できません」の掲示がありました。
  沢渡温泉で日帰り対応していないのはここだけのようです。

  

・三喜屋旅館
  日帰り入浴に対応している旅館です。

  

・龍鳴館
  旧正永館(牧水は著書で勘違いして正栄館としています)。
  大正11(1922)年10月20日、若山牧水は花敷温泉から四万温泉へ向かう道中で沢渡温泉に立ち寄り、正永館で昼食をとっています。

  

・まるふく旅館(閉館)

  

・かねとく旅館/・山水荘もりや/・住吉屋旅館

    


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